映画評:今の俺には“すず”しか見えない【ちはやふる ―上の句―】
こんにちは。
杵蔵(きねぞう)です。
この映画を観終えた後、帰り道にあの素振りをしてしまったのは私だけではないハズ。
ちはやふる ―上の句―
製作:2016年/日本
監督:小泉徳宏
出演:広瀬すず
:野村周平
:上白石萌音
:矢本悠馬
:森永悠希
rating:85点
ストーリー
都立瑞沢高校に進学した真島太一は、かるた道場で幼馴染だった綾瀬千早と再会する。千早は今でもかるたに熱中しており、疎遠になっていたもう一人の幼馴染であり、名人の孫である綿谷新に一歩でも近づこうと邁進していた。既にかるたの情熱を失っていた太一であったが、千早の強引な勧誘に折れて、かるた部の創設に力を貸すことになり……。
レビュー
末次由紀の同名タイトルの少女漫画を原作とした、劇場版二部作の上編。競技かるたに青春を捧げる少年少女の友情と恋愛、成長を描く。
日本でもはや潮流となっている、マイナーカルチャー×若者の青春モノ、の中でも群を抜いて良く出来ています。競技かるたという素材を物語内に組み込み、少年少女のドラマを丹念に描くだけでなく、かるたの動的・静的なエレメントで映画的に盛り上げることに成功している。
とんでもない傑作でした。
冒頭、広瀬すず演じるちはやの「今のあたしには“ちは”しか見えない」というモノローグ。“ちは”とはかるたの決まり字と呼ばれるもので、歌に込められた情緒を感じる暇はない、という競技としてのセリフです。しかしクライマックス、太一の「今の俺には“ちは”しか見えない」という同じ独白が入りますが、これが全く違う意味になっている。こういう演出一つとってみても、鳥肌が立つほど感心させられます。
そして、本作は広瀬すずという逸材の魅力も存分に引き出したアイドル映画としての打点も高い。彼女の天衣無縫の輝きをフィルムに余すことなく焼き付けており、もはや歴史的価値を持った映像資料と言えるでしょう。
……ふざけるのはさておき、
私が素晴らしいと感じるのは、これが主演を務める広瀬すずのワンマン映画ではなく、彼女をとりまく人々の心の機微や成長をも巧みに描き、登場人物が映画の中で生きていることです。
太一、肉まん、机くん、かなちゃん、といった部員一人一人にキャラクターが掘り下げられていて、それぞれが活躍する場面もあり、輝いている。だから広瀬すずを眼福と眺めるだけではなく、かるた部員全員に対してももっとこいつらを観ていたいと思わせてくれるんです。
競技かるたという、ほとんどの人にとっては未知の世界を描くにあたって、勿論本作も観客と同じ目線を持った初心者キャラが存在しますが、そこに登場する机くんとかなちゃんの描き方が上手い。
ガリ勉の机くんは、かるたの初心者なのですが、主役を食うほどの見せ場を発揮しており、彼の成長が上の句編全体のエピソードに沿っていると語っても過言ではありません。ちはやのようなスーパーガールの活躍の一方で、もたざる者、とはいえ頑張れない人の視点のきっちり描いてくれるのです。
また、競技かるたでは高い瞬発力、精神力が要求されますが、そうしたスポーツ的な側面だけではなく、小倉百人一首の和歌が持つそのものの歴史や、歌に秘められた深い趣といった魅力は、呉服屋の娘であるかなちゃんが伝え、提示する役割を担っており、映画全体のバランスを上手く調整しています。
かるたに個人の想いを宿らせ、時にそこに綴られた言葉が誰かを励まし、かるたを文字通り「ぶつける」ことで相手に気持ちを伝えるといった、競技かるたを物語の起伏に見事に符合させた、青春映画の大傑作です。
余談だけど、主題歌であるPerfume の「FLASH」もとても良かったなぁ。映画に凄くマッチしていましたね。エンドロール、この曲を聴きながら映画の余韻に浸れるという幸福さったらありません。
ではまた。